一戸建ログハウス&トレーラーハウスのリゾートホテル チロリン村
〒627-0216 京都府京丹後市丹後町徳光783 TEL:0772-75-1808
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近隣情報
温泉
車で15〜20分の所に、右記他に2カ所あり
・よし野の里
・静の里
※近隣の温泉七カ所の七湯めぐりもあります。
病院
弥栄病院・・・車で5分
薬局
 ・・・車で5分
金融機関
京都北都信用金庫
弥栄支店・・・車で5分
郵便局
 ・・・車で5分
スーパーマーケット
にしがき・・・車で5分
コンビニエンスストアー
ローソン・・・車で15分
ホームセンター
 ・・・車で5分
ガソリンスタンド
 ・・・車で5分
洋菓子店
 ・・・車で5分
※ケーキの御予約も承っております。
周辺観光案内
【 温 泉 】
あしぎぬ温泉

■チロリン村から約6分
全館床暖房の豪華設備の温泉です。
丹後はしうど温泉

■チロリン村から約6分
日本海を眺めながらの温泉は最高!!
【 ス キ ー 】 【 高 原 】
スイス村スキー場
■チロリン村から約20分
春、夏は避暑地としてご利用できスーパースライダー、アスレチックなどもあり楽しめます。
又、冬は初心者でも安心!スキーはもちろんスノーボードもOK!レンタルスキー、レンタルボードもあります。(例年12月下旬頃)
 
碇高原

伊根町と弥栄町に接する標高400Mのところに広がる高原で総合牧場、ステ−キハウス、テニスコートなどが揃う総合レジャー施設になっている。総合牧場では4月〜11月にかけて牛が放牧され、牧場内のふれあい広場では、実際にヤギなどにふれて楽しむことができる。
【 海 水 浴 】
琴引浜海水浴場
■チロリン村から約7分
全国でも有名な鳴き砂の浜の一つ。歩くと「きゅっ、きゅっ」と鳴ることからこの名が付いたとも言われ、その幻想的な音色は、「日本の音・風景百選」にも選ばれました。
その他
後々浜海水浴場をはじめ、5分〜15分圏内に6ヵ所の海水浴場がございます。
【 観 光 名 所 】
あじわいの里
■チロリン村から約5分
ヨーロッパ風農村リゾート公園で手作り工房などもありご家族でも、お友達とでも又カップルで来られても十二分に楽しめます。
丹後松島
■チロリン村から約7分
日本三景の一つ「松島」に似ていることからこの名で親しまれています。
 
経ヶ岬
■チロリン村から約25分
京都府の最北端に位置し、明治31年に建設。その後、映画「喜びも悲しみも幾とせ」の舞台ともなり、今も船の航海の安全をたえることなく見守っています。
伊根の舟屋
■チロリン村から約45分
NHKドラマ「ええにょぼ」で一躍有名に。その独特の造りを「舟屋公園」よりご覧ください。
 
 
天橋立
■チロリン村から約30分
日本三景の一つ。「笠松公園」で股のぞき、その風景は天に架ける橋のようでもあります。 
城崎マリンワールド
■チロリン村から約40分
イルカのショーやアシカのダイビングが楽しめる水族館。地形を最大限利用した施設です。 
 
【 丹 後 七 姫 伝 説 】
間人皇后 〜丹後町
間人皇后は欽明天皇の息女で聖徳太子の生母。6世紀末、中央での蘇我氏と物部氏の勢力争いの戦乱から逃れるためこの地に移り住んだ。何年か後政情が落ち着き都へ帰るとき、世話になった里人達へ感謝の意を込めて自分の名をこの地の名として与えたが里人達はそのまま恐れ多く、その文字「間人」だけをいただき、「ご退座」されたことにちなんでこの地を「たいざ」と呼ぶになったと伝わる。
細川ガラシャ 〜弥栄町
細川ガラシャは戦国武将明智光秀の娘として生まれ、信長の家臣であった細川忠興に嫁いだ。しかしかの本能寺の変で、父である光秀が信長を討ったことにより、ガラシャを幽閉したのが弥栄町味土野の地である。彼女はこの地で侍女の一人からキリスト教の話を聞き信仰に救いを求め、後にガラシャの洗礼名を授かったと言う。
 
 
小野小町 〜大宮町
平安時代の六歌仙の一人として百人一首などで知られる小野小町。この地に残る伝説は − 年老いた小町が旅の途中に大宮町五十河住人勘兵衛と出会い彼の家で疲れを瘉した後再び旅にでたが、すぐ病に倒れた。勘兵衛は小町を連れ帰り介抱したがほど亡くなった − と言うもの。「九重の花の都に住みはせではかなや我は三重にかくるる」という辞世の句が残る。
 
静御前 〜網野町
源義経の寵愛を一身に受けた美しい白拍子一静御前は網野町に生まれたという。彼女の悲劇は源平の合戦の中、義経にとって敵方である源頼朝の軍に捕らえられたことから始まる。義経と引き離され、しかもこの時すでに宿していた義経の子が男の子であったため、生後まもなく頼朝軍に殺されてしまう…。傷心のうちに生まれ故郷の網野町へ帰った彼女は、20余歳という短い人生をこの地で終えたと言う。
羽衣天女 〜峰山町
峰山町に伝わる羽衣天女の物語は − 磯砂山の山麓で七人の美しい天女が水浴びをしていた。その様子をそばで見ていた老夫婦が一人の天女の羽衣をかくしてしまったためその天女は天に帰ることができず、老夫婦の養女になって暮らすことになった。働き者の天女のおかげで老夫婦はすっかり裕福になった。 − 羽衣伝説は全国各地に残るが峰山町に残るこの伝説は日本で最初に正式な文献として登場したものである。
 
乙姫 〜伊根町
宇良神社には一雄略天皇の頃(5世紀頃)浦嶋子が船で釣りをしていたが、3月3日晩、一匹の魚も釣れなかった。あきらめて竿をあげるとそこには5色の大きな亀が。その亀を眺めるうちに眠りについた嶋子が目覚めると亀は美しい乙女の姿に変わっていた。そして二人は常世の国(龍宮)へ。その後里心のついた浦島は故郷に帰り、きんじられていた玉手箱を開けてしまう。一浦島伝説としては日本最古の伝承が宇良神社に伝わる。
安寿姫 〜宮津市、舞鶴市
安寿と厨子王の父はもと奥州のとある国の領主であったが、平将門の乱に力をかしたとの嫌疑をかけられ筑紫の国に追放された。その父を追って筑紫に向かう途中、人買いにだまされた姉弟は丹後の「山椒大夫」のところに連れてこられる。強欲非道の長者であった山椒大夫に幼い姉弟は昼夜を問わず酷使される。何とか弟だけでも助けようと安寿は山椒大夫の目を盗んで弟の厨子王を逃すがその後厳しく責められ池に身を投げた。厨子王は、後に父の無念をはらして岩城家を再興。目を病み、視力を失った母を佐渡で救い、大夫親子を討ち果たしたと伝わる。
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